こんにちは。
このブログを書いている際にも使っているパソコンのマウスは57年前のこの日に初お目見えしたんですね。
さて、冬期講習が始まって1週間が経ちましたが、生徒さんの多くはこれまでの学習内容についていろいろと忘れてしまっていることがあります。これはある程度仕方がないことですし、だからこそ冬期講習を行う意義があるのです。
今後もしっかりと復習していきましょう。
こんにちは。
このブログを書いている際にも使っているパソコンのマウスは57年前のこの日に初お目見えしたんですね。
さて、冬期講習が始まって1週間が経ちましたが、生徒さんの多くはこれまでの学習内容についていろいろと忘れてしまっていることがあります。これはある程度仕方がないことですし、だからこそ冬期講習を行う意義があるのです。
今後もしっかりと復習していきましょう。
こんにちは。
タイトルにある言葉は何のことか分かりますか。
これは、ハワイ・真珠湾にあるアメリカ軍基地への攻撃を日本軍が開始する際にだされた暗号電報です。それが1941年の今日のことでした。これによって太平洋戦争が勃発することになります。アメリカでは「リメンバー・パールハーバー」という合言葉も生まれました。
その後の歴史を知っている現在のわれわれはそこから何を学んだのでしょうか。
こんにちは。
今日から未来塾の冬期講習が始まります。
どの学年の生徒さんもしっかりと目的意識を持って取り組んでもらいたいですね。
一緒に有意義な時間を過ごしましょう。
こんにちは。
久しぶりに映画の話をしましょう。先頃、俳優の仲代達矢さんがお亡くなりになりました。言わずと知れた名優です。
以前このブログで書いたように、私はあまり日本映画を見る方ではありませんので、仲代さんが出演している映画を数多く見たわけではないのですが、彼の演技が強烈に印象に残っている映画があります。
それは、『切腹』という映画です。1962年の作品ですので、60年以上前の映画になります。そんな古い映画をと思うかもしれませんが、映画の内容自体もすばらしく今見てもすごく面白いので鑑賞に堪えるものです(ただ、時代劇なので多少言葉が分かりにくいところはあります)。
そして、何といっても仲代達矢の圧巻の演技です(本人も出演映画のベスト1に挙げています)。これは見て確かめてと言うしかありません。痺れます。
こんにちは。
各中学校の定期テストが終わりました。結果も気になりますが、今日は未来塾の冬期講習のお知らせです。
未来塾の冬期講習は12月1日(月)から1月6日(火)の間に実施されます。授業時間数は、中学1、2年生が48時間(英数各12時間、国理社各8時間)、中学3年生が58時間(英数14時間、国理社各10時間)です。中学3年生は来るべき高校受験に向けて、中学1、2年生は3学期の学習及び新学年に向けて、これまで学習してきた内容の復習を中心に勉強してもらいます。
未来塾の特長は、少人数制をとっているため生徒さんが気兼ねなく質問することができることと、何より生徒さん一人ひとりに合わせたサポート体制をとっていることです。
時間割、受講料など詳しい内容を知りたい方はお気軽にお問い合わせください。
こんにちは。
2学期末の定期テストが未来塾生の通う各中学校で明日から始まります。
持っている力を十分に発揮できるように集中してテストに臨みましょう。
特に3年生は悔いのないように取り組んでください。
こんにちは。
未来塾生の通う中学校では、いよいよ来週金曜日から定期テストが始まります(今回は全中学校の日程が同じです)。
特に中学3年生にとっては実質的に最後の定期テストといってもいいかもしれません(来年1月に行われる、以前で言うところの学年末テストは受験には影響しないという意味で)。その結果によって内申が左右されますので万全の態勢でテストに臨めるようにしましょう。
未来塾は万全の体制でもってサポートします。
こんにちは。
今夜の月は今年最も大きく見える満月「スーパームーン」です。
とはいうものの、あいにくの天気でこの地域では見られそうもありません。
「中秋の名月」のときもそうでしたが、こういうときに限って天気が良くないんですよね。
10時19分に満月をむかえますので、それでも一度夜空を見上げてみませんか。
こんにちは。
今回も「頭が赤い魚を食べる猫」という表現の解釈について見てみましょう。
昨日述べた2つの解釈は現実的ですが、残り3つは現実としてはありえないのだがそう解釈できるというものです。その中でも、ぱっと見だと最初そう読んでしまいがちだけども意味を考えるとおかしい解釈を紹介します。
「が」という言葉が最初の文節にくるとその文節が「主語」だと考えてしまいませんか。そのため上の表現も「頭が」が主語で「食べる」が述語という文があると考えてしまってもおかしくありません。そして、その文が「猫」を修飾しているということになります。つまり、猫がいて、その猫の頭が「赤い魚」を食べるという意味です。もちろん、これはさすがに意味がおかしいのでこの解釈をとるという人はいないでしょう。
以上のことだけでも言葉というものがことほどさように曖昧だということは分かっていただけたのではないでしょうか(残り2つは割愛します)。
したがって重要なのは、言葉は曖昧だということをしっかりと認識し、いかに言葉の解釈におけるすれ違いや誤解を防いでいくかということです。
こんにちは。
前回の最後に紹介した下記の表現をみなさんはどう解釈しましたか。
「頭が赤い魚を食べる猫」
これを考案した言語研究家の中村明裕さんによれば、この表現は5つの異なる解釈を持ちます。
多くの人が一読して頭に思い浮かべる解釈は、「猫」が「頭が赤い魚」を「食べる」というものではないでしょうか。
ただ、「頭が赤い」の修飾先は猫だという解釈もできます。つまり、「魚を食べる猫」の「頭が赤い」ということです。こちらの解釈を伝えようとするならば、やはり「魚を食べる頭が赤い猫」とした方が通じますね(しかしここでは触れませんが、この表現も曖昧ではないかという問題があります)。
さて、では残り3つの解釈はどういうものでしょうか。考えてみてください。